ページ

2013年10月1日火曜日

本の「自炊」

自炊代行業

  典型的な自炊代行業の利用パターンは次のとおりです。

(1) 蔵書を業者に郵送
(2) 業者が書籍を裁断、スキャンしてPDFファイルなどに電子化
(3) 電子ファイルを納品

 個人が機器をそろえて裁断したりスキャンしたりするのは手間なため、1冊100~200円程度の料金で肩代わりしてくれる代行業者のニーズは大きいです。最初から電子書籍で買えば済む話ですが、まだ日本の電子書籍市場は本格的に立ち上がったばかりで、品ぞろえが十分でないことも、背景にあります。  

 それではなぜ、自炊代行が法的問題になる可能性があるのでしょうか。電子化は著作権法上の「複製」行為です。個人が自ら楽しむ範囲で行う場合は、「私的 複製」として例外的に著作権者の許可なしに行うことが認められています。本の持ち主が自宅で、自分の裁断機やスキャナーを使って、自分で行う限りは何も問 題はありません。しかし、それを業者が代行した場合、「私的複製」の延長線上の行為として合法となるのか、業者による複製であることには変わりがないので 違法とみなされるのかがはっきりしていないのです。

 2013年9月30日、顧客からの依頼で本や雑誌の内容をスキャナーで読み取り、電子データ化する「自炊代行」の適否が争われた訴訟の判決で、東京地裁(大須賀滋裁判長)は、「著作権法で認められた私的複製には当たらない」との判断を示しました。その上で、東京都内の代行業者2社による著作権(複製権)侵害を認め、複製の差し止めと計140万円の損害賠償を命じました。

  訴えたのは、作家の浅田次郎さんや漫画家の永井豪さんら7人。著作権法は個人利用に限って私的複製を認めており、本の持ち主や家族が「自炊」するのは法的に問題はありません。自炊代行が私的複製に当たるかどうかの初の司法判断です。

  判決によると、2社は顧客から送付された本を裁断してスキャナーで読み取り、電子データに変換するサービスを有料で提供していました。

 業者側は「顧客の手足として、私的複製を補助しているだけ」と主張しましたが、大須賀裁判長は判決理由で「顧客は本を送付した後の作業に全く関与せず、業者が主体となって複製をしている。私的複製とはいえない」と判断。2社は作家側の警告後も複製を続けており「今後も著作権侵害の恐れがある」として、差し止めの必要性も認めました。

  原告弁護団は「無許諾の書籍スキャン事業は違法だと明確に示されたことには大きな意義がある」とコメント。被告のうち、東京都葛飾区の代行業者は「愛読家にとって不当な判決。控訴する」としています。


自分の本を自炊店に持ち込んで、本人が勝手に電子化した場合

 では、自分の本を自炊店に持ち込んで、本人が勝手に電子化した場合はどうでしょうか。

 著作権法は付則で、公衆利用のために設置された複製機器で利用者が文書などを複製することは私的複製の範囲と、暫定的に定めています。  

 コンビニエンスストアでのコピーは合法ということです。だから、書籍を自炊店に持ち込んで電子化する行為はコンビニでのコピーと変わりないので、合法となる可能性が高いです。

 これに対し、利用者が持ち込んだ本をコンビニの機器でコピーするのとは異なり、施設が所有する本を貸してコピーさせる行為は施設側の関与の度合いが大きくなるので、私的複製の範囲から外れる可能性が高まります。

 ただ実際には、多くの図書館では利用者が勝手に図書館の蔵書をコピーするわけではありません。窓口で申請して、「1冊の半分まで」など限られた範囲だけコピーできるルールになっています。図書館の場合はコピー範囲を制限することで、例外的に「利用者の求めに応じ、その調査研究のために著作物の一部分を複写できる」ことが著作権法で規定されているためです。  

 しかし、図書館でも民間サービスでも、貸し出した書籍を施設内で、利用者が自ら、好きなだけ複製できるようにしても良いかどうかは、判例がないので法的にはグレーな部分が残ります。

  同じ「貸したものをコピーさせる」という行為であっても、レンタルCDは法律上問題とはなりません。まず、「貸す」という行為について、著作権法の「貸与権」に基づき、レンタル事業者が著作権団体に著作権料を支払っています。また、個人の段階でも「私的複製」であることに加え、自宅でコピーに使うデジタル複製機器には「録音補償金」という著作権料の一種が販売時に上乗せされています。劣化しないデジタルコピーを作れる機器が出回るようになったことを受け、音楽や映像の私的複製についても著作権者に一定の機会損失の補填をする目的で創設された制度に基づくものです。

  最近の主力の携帯用オーディオ機器、パソコンなどの政令対象機器でないものには補償金は上乗せされていないのですが、消費者がこれらの機器で自宅で個人使用目的で複製することは合法です。

  文化庁も「コピーガードを外したり、レンタル店の約款に自宅でのコピーを禁じる条項が入っていたりしない限りは違法とはならない」(著作権課)との見解です。


本の裁断だけ業者が行い、スキャナーはレンタルして電子化部分は利用者本人にやってもらうサービス

  自炊関連では他にも、本の裁断だけ業者が行い、スキャナーはレンタルして電子化部分は利用者本人にやってもらうサービスなども登場しています。法的に問題となる「複製」行為を業者が行うことを避けるのが目的です。

将来は、本を断裁しなくても自宅で簡単に蔵書を電子化できる機器の販売が盛んになるでしょう。機器を売るだけなら現行制度上は合法だからです。

著作権者と合意を取り付けることで、自炊代行を合法化する動きも

  法の隙間を見つけて新たなビジネスを展開する動きがある一方、著作権者と合意を取り付けることで、自炊代行を合法化する動きも出てきました。

 著作権者の団体が中心になって2013年3月26日に立ち上げた蔵書電子化事業連絡協議会(Myブック変換協議会)。この協議会では、
(1) 元の書籍を破棄する
(2) 電子化したファイルにIDや透かしを入れて海賊版として流布した際に出元が分かるようにする
など、著作権者に配慮する条件を受け入れる代行業者に対して、作家や出版社からの賛同を募るものです。賛同した作家の著作物については許諾を得たことになり、合法的に自炊代行できる仕組みです。

 訴訟で決着させたり、法改正をしたりして合法違法の線引きをしても、時間ばかりかかって権利者と業者や利用者の間の溝が深まるだけであり、関係者の合意に基づく仕組みづくりの方が柔軟で建設的という考えに基づくようです。