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2013年10月12日土曜日

健康診断と法律

面倒でもサボッてはいけない

健康診断は、労働者の権利ではなく義務です。 事業者は労働者に対して、年1回、定期的に、医師による健康診断を行う義務を負います。ただ、義務が課せられているのは事業者だけではありません。労働者も、健康診断を受ける義務を負っています。自分の好きな病院で受診することも可能だが、その場合も結果を事業者に書面で提出する必要があります。違反しても罰則はないが、だからといって受診しなくていいことにはならないのです。

行政通達によると、健康診断の費用は会社が負担すべきだとされています。ただし、健康診断を行っている時間は、必ずしも法的に有給とする義務はありません。たとえば健康診断に半日かかったら、会社は半休扱いにしたり、その時間の賃金をカットしてもいいのです。

一般的な健康診断について、会社に健康診断時の賃金を支払う義務が課されていないのも、健康診断に関して労使双方が義務を負っているからです。また、会社で働いていようといまいと、人であれば自らの健康管理というものについては、普通に行われてしかるべきである、と考えることもできます。

健康診断を受けないと、相応のリスクもあります。過労で倒れるなどの業務災害に見舞われた場合、一般的には労災保険給付の申請をしたり、会社側に損害賠償請求を行うことになります。しかし法に定められた健康診断を受けていないと、過失相殺されて労働者側に不利に働くケースもあるのです。

一方、会社側のリスクはどうでしょうか。常時50人以上の労働者を使用している事業者は、労働基準監督署に健康診断の結果を報告する義務があります。実施報告書の人数と、実際に受診すべき人数が合わない場合、労基署から勧告や指導が入る可能性もあります。

また、社員に健康診断を受けさせる義務を果たしていないとみなされると、事業者は50万円以下の罰金に処されるのです。

どこから法令違反になるのかはケースバイケースですが、1回、スケジュール調整をして、あとは知らん顔という程度では、義務を果たしたとは認められにくいでしょう。社員がすっぽかしたら、少なくとも何回かは調整が必要です。そうした事業者としての義務を果たそうとした努力の経緯を労基署に説明できないと、違反とされるおそれがあります。

こうしたリスクを考えると、健康診断を渋る社員にも、何とか受診させたいところです。そのためには所定時間内で会社が賃金を負担するなど、社員が受診しやすい環境を整えることが第一でしょう。

就業規則に「社員は健康の維持に努め、会社の指定する医師の診断を受けなければならない。」と明記してもよいでしょう。就業規則に定めがあれば、それを根拠として社員に働きかけることが可能です。健康診断の受診拒否を理由として処分できるとしても、処分の程度は比較的低いものと考えるのが一般的ですが、十分に効果があるはずです。


検査項目を断れるのか?
 
年に1回、会社で受ける健康診断は、会社が費用を負担してくれるものです。タダで健康管理ができて、ありがたいことですが、なかには体重やメンタルヘルスの結果など、人に知られたくない項目もありますよね。断れる検査はないのでしょうか。

法律によれば、事業者は労働者に対して医師による健康診断を行う義務を負っています(労働安全衛生法第66条1項)。そうして法律は快適な職場環境を確保し、経済活動を下支えしています。違反した企業は労働犯罪として処罰の対象(最高で50万円の罰金)になる可能性すらあります。

ただ、義務を負うのは会社側だけではありません。労働者側にも事業者が行う健康診断を受ける義務があります(同条5項)。

健康診断には、法律で必須とされている項目と、そうでない項目があります。必須項目については、当然ながら受診拒否はできません。必須でない項目についても、会社側の安全配慮義務や労働者側の健康保持義務の観点から、診断を受けさせる義務・受ける義務がある程度認められています。しかし、仕事に関係がないものや就業規則に書かれていないものはグレーゾーンで、拒否できる余地があります。

たとえばメンタルヘルスは法定外の項目です。法律では時間外労働が月80時間を超えた人にカウンセリングを受けさせるよう決まっていますが、そうでない人にまで定期健康診断で精神科の面接を受けさせるのはやりすぎで、拒否できる可能性は十分にあります。

一方、必須項目である体重については測定を拒否できず、会社に内緒にしておくこともできません。「体重は個人情報だから教えたくない」という理屈も通らないのです。個人情報保護法では、会社が個人情報を取得する場合には従業員の同意が必要とされています。しかし、他の法律で定めがあるときは適用外です。体重については労働安全衛生法に定められているので、個人情報保護法を盾に取ることはできません。

もっとも、健康診断実施の事務に従事した人がそこで知りえた秘密を漏らす行為は法律違反となります(労安法104条)。必要があれば直属の上司に通知されるケースもありますが、必要もないのに健康診断の結果を社内に広めることは許されません。秘密を洩らした人は6カ月以下の懲役または50万円以下の罰金で、会社も刑事罰を受けることになります。

見落としの責任は問えるか

診断を受ける側にとっては、無料であるため、その重要性が見落とされがちですが、健康診断を通じて、ガンなど重大な病気の発見につながることもあります。

しかし、大企業の定期健診を担当している医師の中には、診断が不十分な場合もあります。

従業員が多い企業の健康診断では、担当医が一度に大量の診断を余儀なくされます。定期健診の対象となる従業員の頭数が増えるほど、担当医の実入りはよくなります。

一方、従業員ひとりにかける時間や集中力が減殺され、問題ある症状を見落としかねません。ガンなどの早期発見を逸する危険も高まります。 殊に肺ガンの兆候を見極めるレントゲン読影では、病巣の影と、それ以外の影(鎖骨や昔かかった結核の痕など)との区別をしづらい場合があるそうです。 そこで、その人の過去のレントゲン写真と見比べ、変化を読み取る『比較読影』が重要となります。にもかかわらず、一度撮影したレントゲン写真を倉庫へしまい込んだまま比較を怠る、おざなりな健康診断も横行しています。

では、医師は定期健診の診断結果に対してどの程度責任を負うのでしょうか。

ガンなどを含めて病気の兆候を見落とされた場合は医療ミスとして医師の責任を問うことができます。多額の損害賠償や慰謝料を患者側が請求できる医療ミスとしては、手術や投薬の間違いなど。加えて、健康診断のように保健福祉的な領域でも、その落ち度に関して法的な責任を問える場面があります。

たとえば、健診の後に、ガンなど重大な病気にかかり、大手術を受けて命は助かった場合を考えてみましょう。

仮に健診が真っ当に行われていれば、ガンを早期発見でき、小さな手術で済んだはずであることが証明できたのなら、その差額や精神的苦痛を損害賠償として請求できます。

しかし、たとえば不幸にして亡くなってしまった場合、遺族が損害賠償を請求しても、症状の進行が早い肺ガンなどの疾病では、「仮に見落としがなかったとしても、手遅れでいずれ亡くなっていたでしょう」と判断されることもあり得ます。その場合は見落としと死亡の間に因果関係がなくなるため、死亡についての法的責任は問えません。

このように、実際に損害賠償が認められるかどうかは、個別のケースによるということになります。

医療訴訟は専門的で敷居の高い分野です。健診のミスを指摘するには、別の医師による証言が必要ですが、まるで同業者を売るかのような証言には多くの医師が躊躇することもあり、協力を得るのは簡単ではありません。このような医療事故に遭った場合は、医療裁判に関する経験や人脈が豊富な弁護士を頼るべきでしょう。