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2015年1月1日木曜日

電子掲示板や投稿サイトの運営・管理者の法的義務とプロバイダ責任制限法 


制定の背景


 掲示板に他人の権利を侵害する書き込みがあるにもかかわらずこれを放置した場合,掲示板運営者は、損害賠償請求を受けることがある。

 インターネット上でサービスを提供する事業者は,(1)自らがコンテンツを提供する「コンテンツ・プロバイダ」と,(2)自分は情報を発信せず,情報発信者と受信者を媒介する「アクセス・プロバイダ」に分類できる。電子掲示板の運営者は一般に,(2)のアクセス・プロバイダに当たる。

 コンテンツ・プロバイダが,違法な情報や他人の権利を侵害する情報の発信について責任を負うのは当然である。ここで言う他人の権利には,以下のものがある。

  • 名誉権
  • プライバシー
  • 氏名権、肖像権
  • パブリシティ権
  • 著作権
  • 商標権
  • 意匠権
  • 営業秘密
  • 特許権

 しかし,アクセス・プロバイダは情報発信者ではない。このため,情報の内容までは法的責任を負わないのが原則である。この原則は,ニフティサーブ事件判決でも確認されている(東京高等裁判所2001年9月5日判決,判例タイムズ1088号94頁)。  

 ニフティサーブ事件は,掲示板で誹謗中傷を受けた女性が書き込みを行った大学講師を名誉毀損で訴えたもので,裁判所は大学講師に対しては損害賠償を命じたが,掲示板の運営者であるニフティには損害賠償義務はないと判断した。   

 とはいえ,掲示板に他人の権利を侵害する書き込みがあることを知りながら,運営者であるアクセス・プロバイダが削除せずに放置すると,「故意または過失により他人の権利を侵害した」として民法上の「不法行為責任」を負うことになる(動物病院事件(東京地方裁判所2002年6月26日判決,判例タイムズ1110号92頁))。

 一方で,不法行為責任を負うのを避けるために,アクセス・プロバイダが安易に書き込みを削除すると,今度は「表現の自由を侵害した」,「サービス契約に違反した」といった理由で,発言者側から訴えられる恐れがある。いわば、アクセス・プロバイダは、板挟み状態になる。

 このように、インターネット上の情報流通によって他人の権利が侵害されたとされる場合には、情報発信者、権利者、特定電気通信役務提供者(サーバの管理・運営者や電子掲示板の管理・運営者等(「プロバイダ等」))の三者の利害関係が絡むため、時として、その情報流通に対するプロバイダ等の対応には困難な場合がある。

 このような中で、平成13年11月にプロバイダ等の民事上の責任を制限する規定を有する特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(平成13年法律第137号。以下、「プロバイダ責任制限法」又は単に「法」という。)が成立した。

法律の趣旨


この法律は、特定電気通信による情報の流通によって権利の侵害があった場合について、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示を請求する権利につき定めるものとする。

・①損害賠償責任の制限、②発信者情報の開示、の2点を規定
・特定個人の民事上の権利侵害があった場合を対象

法律の対象


特定電気通信

不特定の者によって受信されることを目的とする電気通信の送信(公衆によって直接受信されることを目的とする電気通信の送信を除く。)

・インターネットでのウェブページや電子掲示板などの不特定の者により受信されるものが対象
・ただし、放送に当たるものは、放送法等での規律があるため、対象外


特定電気通信役務提供者


特定電気通信設備(特定電気通信の用に供される電気通信設備)を用いて他人の通信を媒介し、その他特定電気通信設備を他人の通信の用に供する者

・プロバイダ、サーバの管理・運営者等が対象
・典型的には電気通信事業者に当たるプロバイダが対象になるが、営利の者に限定していないため、電気通信事業者以外の者も対象となる


 法律では,アクセス・プロバイダのことを「特定電気通信役務提供者」と呼んでいるが,その範囲は広い。企業か個人かは問わないし,営利事業ではなく非営利で掲示板を運営している場合も,特定電気通信役務提供者とみなされる。

削除の条件


 プロバイダー責任制限法は,被害者から削除要求があったことを発言者に通知し,7日以内に発言者が異議を唱えなければ,プロバイダが書き込みを削除しても発言者に対して一切の責任を負う必要はない,と定めている。これにより,他人の権利を侵害する書き込みを削除しやすくなった。

 また,被害者に対して損害賠償などの責任を負う条件も,「書き込みが権利を侵害していることを知ることができ,かつ削除が技術的に可能であるのに削除しなかった場合に限られる」と,明確に規定した(第3条)。

発言者情報開示の条件


 掲示板の書き込みは通常,匿名で行われることが多い。このため,権利を侵害された被害者が発信者に対して損害賠償を請求する際には,発信者の住所・氏名をプロバイダに開示してもらう必要がある。

 しかしプロバイダが発言者情報を開示すると,発信者の側からプライバシや「表現の自由」,「通信の秘密」を侵害したと抗議され,場合によっては法的責任を追及されることも起きてしまう。

 そこで,プロバイダー責任制限法は,プロバイダが発言者情報を開示する条件も明確にした。書き込みによって権利を侵害されたことが明らかであり,発言者情報の開示を受ける正当な理由があるときに限り,被害者が発信者情報の開示を請求できる,としたのである。ただし,プロバイダが判断に迷って開示を拒否したとしても,重大な過失がない限り,損害賠償の責任を負わないと定めている(第4条)。

 プロバイダー責任制限法により,書き込みの削除や発言者情報の開示に関する条件はある程度明確になった。しかし,実際問題として名誉権侵害などの権利侵害の有無の判断は難しいことも多い。


常に免責されるわけではない


 基本的には違法コンテンツであるとの申し出があり,プロバイダ等がそれに従って削除すれば,著作権者側からの損害賠償責任を免れることが可能な場合が多い,と考えられる。ただし,全く問題がないわけではない。

 この点参考となるのが,「ファイルローグ事件判決」である。ファイルローグ事件は,P2P(ピアツーピア)技術を利用した音楽ファイル交換サービスを提供していた会社に対して,著作権侵害が問われた事件である。この事件の場合,ユーザー同士はファイルをやり取りするためにP2P技術を利用しており,サービス提供会社が音楽情報ファイルを直接送信していたわけではない。したがって,形式的にみれば,サービス提供会社は公衆送信などを行った主体(当事者)とは言えない。

 しかし、同判決は,サービスで交換されていたファイルの大部分が市販CDなどを複製したものであることなどを理由に,サービス提供会社も著作権等の侵害主体になると判断した。P2Pのサービス提供会社が著作権侵害主体となり得るのであれば,プロバイダ責任制限法の適用がありそうにも思える。しかし,結論としてはプロバイダ責任制限法による免責は受けられない,と判断した。

 プロバイダ責任制限法には免責されない例外的な場合がある(3条1項)。サービス提供者自身が権利侵害情報(違法コンテンツ)の「発信者」となる場合には免責が受けられない,と定めている

 動画/画像の共有配信サービスで考えれば,通常は動画を配信サーバーに投稿するユーザーが典型的な「発信者」である。

 ところが,ファイルローグ事件では,運営会社自身も違法複製ファイルを流通過程におくことに積極的にかかわっており「発信者」に該当する,したがって、プロバイダ責任制限法の適用対象外であると判断した。

 ファイルローグの事案は,P2Pのファイル交換システムが対象となっているので,動画共有配信事業とは事案は異なる。しかし、P2Pファイル交換システムの提供者は動画共有配信事業者よりもコンテンツのコントロール,管理の度合いが間接的であるにもかかわらず,著作権侵害の主体であると判断されている。したがって、より管理が容易であると思われる動画共有配信事業者の方が「侵害主体」であると判断される可能性は高いと言える

 動画共有配信事業者がプロバイダ責任制限法の「発信者」であるかどうかを判断する枠組みは,P2Pであるかどうかとは直接の関係はない。あくまでも,「実態」がどうなっているのかが重視される。

 したがって、サービス実態(違法なコンテンツがほとんどの場合等)によっては,動画共有配信事業者がプロバイダ責任制限法の適用を受けられないで「違法である」と判断される余地は残る。

参考